上司と部下との関係は、昔と今とではかなり変わってきているように思います。

私は1990年頃に管理職になりました。

その頃は会社組織にもまだ昭和の雰囲気が色濃く残っていて、部下は上司に従うことが常識とされていました。

もちろん、部下が上司に自分の意見を言うことはありましたが、上司が指示したことを実行するのが部下の役目、という認識が一般的でした。

そして、多くの人がその認識でいましたのでコミュニケーションを取る上でも大きな齟齬はありませんでした。

あの頃は、上司は主に、自分に与えられた権限を行使して部下に指示をすることが主な仕事だったように思います。

 

しかし、バブルがはじけた1995年頃から上司・部下の関係に変化が起こり始めました。

上司と部下は役割が違うだけであり、どちらが上でどちらが下というものではない、という考え方です。

そして、今では、上司、部下、という表現そのものが適切ではないという話も見聞きします。

(余談ですが、私もこの考え方には賛成です。できるだけ「部下」という言葉の代わりに「メンバー」という表現を使います)

こうした変化を受けて、上司は自分に与えられた権限を行使するよりも、自分に課された責任を果たさねばならなくなってきています。

しかしながら、昭和の時代を知っている上司の中には、こうした変化に気付いていない人も少なくないように思います。

それが現状の職場のコミュニケーションを難しくしている一因なのだと思います。

 

さて、自分に課された責任の中で重要なものの一つに説明責任があります。

上司が決めたからそれを実行しろ、というのではなく、

・なぜそれをやるのか

・それをやるとどういう効果があるのか

・他のやり方はないのか

など、関係者が納得し合意できる説明をする責任があります。

関係者が納得し、当事者意識を持って自ら動くことで、より高い成果を上げることができるからです。

そして、この説明責任は、今やリーダー(上司ではなくリーダーの方が表現としてはよいですね)だけでなく、メンバーにも求められるようになってきています。

 

ところで、この説明責任を果たすには主に2つの要素が必要です。

一つは論理的に納得できる説明をする、ということです。

論理的とは、聞き手に少なくとも「本当にそうなの?」「それだけなの?」と思われないということです。

こうしたい、という説明をしても、メンバーがその理由に納得できないと「本当にそうなの?」という反応になります。

また、その理由を聞いて「でも、こういう場合はどうなんだろう?」と想定されていることが抜けていると「それだけなの?」という反応になります。

この2つの疑問はロジカル・シンキングの基礎的な項目です。

これらの疑問が持たれないようロジックを組み立てる必要があります。

 

2つ目の要素は、相手が共感できる説明をする、ということです。

人間は感情の動物です。

理屈では納得できても、感情的に共感できなければ説明を受け入れることはできません。

例えば、論理的には筋が通っていても多くの社員に多大な残業を強いるものであれば、その点にも配慮した説明が必要でしょう。

「会社の利益になるからやれ!」では人は積極的に動こうとはしません。

残業が増加するデメリットを超える社会的な意義や直接的なメリットをきちんと説明する必要があるのです。

 

話というのは、人に動いてもらうことが目的であることが少なくありません。

そのためには、論理的に納得できて感情的に共感できる話をせねばなりません。

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