日本話し方センターの話し方教室では、最後に修了式を行います。

その際に、創業者江川ひろしが講演したビデオ「結びのことば」を上映しています。

そのビデオの中で、次のような逸話が語られています。

銀座四町目に三愛ドリームセンターというビルがあります。

そのビルが立っている土地は戦後間もなく市村清という実業家が、あるおばあさんから手に入れたものです。

市村氏はその土地を手に入れようと何度もおばあさんのもとに通って、土地を譲ってくれるよう熱心に頼みました。

しかし、おばあさんは先祖代々その土地を受け継いできているのでそう簡単に譲れない、と、なかなかいい返事をしませんでした。

市村氏があまりに熱心なので、おばあさんもよくよく考えて最終的な返事をするために市村氏の会社に出向きました。

しかし、戦後間もない頃の世間は殺伐としており、電車はすし詰め状態でお互いに押し合っているし、スリも横行していました。

おまけにその日は雪が降っていてとても歩きにくい状態でした。

そうした状況で、おばあさんは電車に乗っていても、道を歩いていても、かなり大変な思いをして市村氏の会社に着きました。

会社に着いた時、受付にいた女性が笑顔でおばあさんを出迎え、いたわるようにして丁寧におばあさんを市村氏の部屋に案内しました。

大変な思いで会社にたどり着いたおばあさんは、この受付の女性の心温まる応対や話し方にとても感動しました。

そして、「こういう素晴らしい社員がいる会社なら安心だ。」と、その場で市村氏に土地を譲る決断をしました。

 

ごくかいつまんで言うと、上のようなお話です。

相手のことを心から考えて接すれば、人の心を動かすことが出来る、というお話です。

私はこのお話を100回近く聞いています。

そして、最近こんなことを考えるようになりました

 

それは、このおばあさんは市村氏から土地を売るようお願いをされている間、ずっと売ろうかどうしようかと迷っていたのではないか、ということです。

人は、迷っている時には、ある程度結論は出ていることがよくあるますね。

このおばあさんも、売ってしまおうか、と半ば思っていたのではないかな、と思うようになりました。

売らないのであれば、はじめにきっぱりと断るでしょうが、そういう態度ではなかったようです。

戦後の混乱期に土地を維持していくは大変なことで、おばあさんにはそれが荷が重いことと思われたのかも知れません。

そして市村氏の会社の受付の女性の応対に感動した時、

「こういう社員さんがいるのなら売ってもいいわね!」

と、背中を押されたのではないか、と思います。

 

迷っている人がある程度結論を出しているのなら、その気持ちに寄り添った話し方、接し方をすることで、その人の背中を押してあげることが出来るでしょう。

その背中を押してあげる話し方をするためには、創業者江川ひろしの言葉の通り「相手の立場に立って物事を考える能力を身につける」ことが必要です。

気持ちの持ち方を変える、ということは、すぐに出来るほど簡単なものではありません。

しかし、継続的に意識していれば、少しずつ自分の目指す姿に近づいていけると確信しています。

 

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