私が時折手に取って読み返している本の中に、「生き残る判断 生き残れない行動」という本があります。

この本は、テロや自然災害などの危機に直面した際、人間はどう反応するか、どうすれば生き残れるかということについて書かれています。

2001年9月11日のテロの際、ワールドトレードセンターにいたモルガン・スタンレー社の社員2700人のうち2687人が無事に避難できたのはなぜか、など興味深い事例紹介とそれに対する分析が数多くあり、大変参考になります。

 

少し大げさに言えば、人前で話す際にあがってしまった時の心理状態も、その人にとっては、一種の危機的状態と言えます。

そう考えると、この本の中には、人前で話す上で参考になることが結構あります。

今回はその中で、2つ、ご紹介します。

 

1つ目は「現実的な訓練を繰り返し行うこと」です。

ストレスを乗り越える最上の方法は、何度も繰り返して現実的な訓練を行うことです。

かつて、アメリカの警察では、日常と同じ環境の中で、こういうときにはこう動く、ということを学習する訓練を行っていました。

その成果を確認しようと、数十人の警官に対して、ナイフを持った暴漢に不意打ちをさせてみました。

すると、大多数の警官は、訓練を無視してうずくまったり、両手を挙げたりして、ひるんでしまったそうです。

普通の心理状態でいくら動きを学んでも、緊張した状態ではその動きを反射的に取ることはできない、ということのようです。

一方、軍隊では、本物の銃に、当たると刺すような痛みを感じるプラスチックの銃弾を込めて訓練をしています。

痛みを伴う実戦さながらの緊張状態で行う訓練は非常に有効で、実際の戦闘でも成果を上げているそうです。

 

このことから、実際の状況さながらの緊張を伴う訓練はとても有効だ、ということがわかります。

日本話し方センターの話し方教室では、教室の前に立って緊張しながらスピーチするというトレーニングを、繰り返し行っています。

このトレーニングを重ねると、次第に自分の緊張状態をコントロールできるようになってきます。

仕事などで人前で話をするという場面でも、次第に落ち着いて話ができるようになってきます。

これは、上に述べた本番さながらの緊張状態で行う訓練と同様の効果がある、と言えるでしょう。

 

2つ目は「呼吸法」です。

熟練の戦闘トレーナーに、どうすれば恐怖に打ち勝つことができるのかを尋ねたところ、それは呼吸法だ、というのが彼らの答えでした。

その呼吸法は、決して特別なものではありません。

4つ数える間に息を吸い込み、4つ数える間息を止め、4つ数える間にそれを吐き出し、4つ数える間に息を止める。

これを繰り返すだけです。

ある警察官は、過去に6回の銃撃戦で10回撃たれました。

しかし、彼は撃たれるたびに、深くゆっくりと息を吸ったそうです。

「そうすればとても落ち着いていられる。過呼吸になったり、パニックになったりすることもない。

何もかもがまさにスローモーションで動いている気がする」

と彼はいっています。

これと同じことを話し方教室でもお伝えしています。

緊張を和らげる方法としてご紹介している、複式深呼吸がそれです。

人前で話をする前に、ゆっくりと腹式深呼吸を繰り返すと、交感神経と副交感神経が刺激されて、落ち着いた感じになります。

これは私も機会がある毎に実行していて、その効果を実感していることです。

人間は生きている限り、何らかの緊張状態に直面します。

人前で話すのもその一つですので、上に述べたことは参考にしていただけると思います。

 

ところで、冒頭でお伝えした、モルガン・スタンレー社のほとんどの社員がなぜ助かったのか、気になると思います。

それは、この会社の警備員が繰り返し、社員に避難訓練をしていたからです。

そして、9.11の際は、その警備員の指示に従ってほとんどの社員が素早く非常階段を降りて避難しました。

他の会社の人は、非常階段がどこにあるのかすら知らない、という人がとても多くいたそうです。

このことは、準備がいかに大切か、ということを教えてくれています。

話し方教室で繰り返しお願いしている、充分な準備をしてスピーチに臨む、ということにつながるものがありますね。